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評者◆殿島三紀
時は流れ、永遠に繰り返す――監督 オスカル・カタコラ『アンデス、ふたりぼっち』
No.3554 ・ 2022年08月06日




■『母へ捧げる僕たちのアリア』『わたしは最悪』『戦争と女の顔』などを観た。
 『母へ捧げる僕たちのアリア』。監督、脚本はヨアン・マンカ。南仏の海沿いの町に兄3人と昏睡状態の母と暮らす14歳の移民の少年が主人公。親戚は母を施設に預けるように勧めるが、兄弟4人で自宅介護している。いわゆるヤングケアラーだ。夏休みということもあって14歳の末っ子は兄の手足となって働いている。そんな彼が欠かさず行う日課は母の部屋までスピーカーをひっぱっていき、オペラを聴かせること。そんなある日、彼が夏期歌唱レッスンの講師に思わぬ才能を見出され…….南仏の小さな町を舞台に繰り広げられる心温まる感動作である。
 『わたしは最悪』。ヨアキム・トリアー監督作品。ノルウェー・オスロが舞台。30歳女子の自分探し、そして、2人の男性をめぐるちょっと奇妙な恋愛映画。学生時代は成績優秀でアートの才も文才もある主人公だが、これといった道がみつからず、書店で働きながら、人生の脇役のような気分で暮らしている。年上の彼氏は安定志向。「君は自分探しに夢中だが、僕は結婚もしたいし、子どもだってほしい」。そんな彼女の前に現れた若い男性。心が揺れる主人公……。とはいえ、ただの恋愛映画では終わらないところが北欧風。人生は選択ときどき運命。人生はままならないよ、と皮肉まじりに教えてくれる作品だ。
 『戦争と女の顔』。カンテミール・バラーゴフ監督作品。本作はベラルーシのノーベル賞作家S・アレクシエーヴィチによるノンフィクション「戦争は女の顔をしていない」が原案。第2次世界大戦後のソ連で生きる2人の女性の運命を描いたロシア映画。舞台は独ソ戦で荒廃に帰した1945年のレニングラード。監督は「この戦争のため、普通に人生を送りたい人々がこれからの人生を送ることは難しくなり、不可能になる。『戦争と女の顔』で描かれていることと同じだ」というメッセージを残し、国外に脱出。戦争が残すものは77年前と変わらない。
 さて、今月紹介する新作映画は『アンデス、ふたりぼっち』。私事で恐縮だが、昔クスコを訪れ、ひどい高山病になったことがある。だが、本作の舞台はクスコより1500メートルも高い標高5000メートルの高地。社会から隔絶された地に二人きりで暮らす老夫婦を描いたペルーの作品だ。二人は都会に出ていったきりの息子の帰りを待ちながら、数頭の羊と一頭のリャマと犬と暮らしている。
 監督はオスカル・カタコラ。本作はペルー映画史上初のアイマラ語の映画として話題になった。アイマラ語とはアイマラ族が用いる言語でボリビアとペルーの公用語のひとつだが、これまでは強制された言語スペイン語が使われていただけに自分たちの言語を使った映画は快挙だったに違いない。それを証明するかのようにペルー本国では3万人以上の観客を動員するヒット作となり、アカデミー賞やゴヤ賞のペルー代表作品に選出されるなど国内外で高い評価を受け、ペルー映画の最高作と評される。
 撮影当時30歳だった監督はアイマラの文化や風習の中に、その存在を知りながらも目を背けていた現実をアンデスの過酷な自然と共に鮮烈に描き出した。彼はペルーのシネ・レヒオナル(地域映画)の旗手として今後の活躍が期待されていたが、昨年11月、第2作目の撮影中に34歳という若さで亡くなる。本作は長編映画デビュー作であると同時に遺作となってしまった。
 リャマや羊や犬を友として生き、いっさいのインフラや社会制度の恩恵も受けず、都会に行った息子も帰ってくることはない。老夫婦は死ぬまで自力で生きていく。この地に生を受け、配偶者と出会い、子を成し、やがて年老い、迎える別れの日。時は流れ、永遠に繰り返す。原題のWINAYPACHAは「永遠」という意味である。
(フリーライター)







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