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評者◆凪一木
その155 危険人物の異動
No.3556 ・ 2022年08月27日




■某省に異動になったことは既に書いた。東京都千代田区霞が関だ。なんだか官僚みたいだが、建物に異動になっただけで、もちろん省庁職員ではない。だが、その建物の環境衛生管理技術者である。詳しくは書けない。書けないのには理由がある。
 建築物環境衛生管理者は、建物一棟には一人だけの職務だ。六本木ヒルズでも、東京都庁でもそれは同じだ。それが誰かは、当人とその関係者だけが知っている。したがって、その場所を明かすとバレてしまう。書けないのは、そのことだけではない。いろいろと国家機密であるという事情もある。それ以上に、私の素性にも問題がある。
 労働闘争をするような、会社にとって迷惑な存在だという点はもちろんあるが、それだけではない。もっと別の点で、ヤバいのではないかと、一応は用心している。
 元日本赤軍の和光晴生氏が東京拘置所にいる頃、何度か面会に行った。面会は一日一人のみだけなので、午前中の開所前から並んでいても、その前に既に誰か面会人が並んでいたら、会えない。あくまで一人だけだ。予約はできない。二度目に会ったとき、こう言われた。「あまり来ないほうがいいよ」「どうしてですか」「公安に目を付けられる」「目を付けられたら、どうなるんですか」「電話も盗聴されるし、監視される」「早く言ってよ。遅いんじゃないの」「そうだね。はっはっは。もう遅いか」。
 浪人時代に、札幌の澄川という町で異様な建物を目にする。門の外から顔を近づけて覗き込んでいた。私が住んでいたのは澄川の隣で、駅でいうと「自衛隊前」だ。数日後に、中年の男女ペアが部屋を訪ねてきた。「先日、建物を覗き込んでいたが、何か理由があるのか」「いえ。ところであなたたちは何者ですか」「ロシア大使館の者です」。これで納得した。建物には、分かる名称がなかった。と同時に、そのあと私を尾行していたわけだ。
 驚いた。そのとき、実は、私が辞めた会社に泥棒が入り、合鍵を持っていないか私
が疑われてもいて、警察が来ていた。二つが重なると嫌だなと変に勘ぐった覚えがある。二つだけではない。自衛隊に入隊で、特殊な任務にOKが出て、しかし断っていた。だが、大量の食糧缶詰を持参して勧誘に来る。「ほかの仕事に就いてもたかが知れている。自衛隊の中でも、歩兵とは違って好待遇の場所なのだ。絶対に後悔はさせない」。それは今考えると、最大の後悔になったかもしれないし、ある意味では洗脳され、その方が幸せだったという見方、考え方もある。
 太田出版で本を出していた頃に、社長の高瀬幸途氏と会うため社を出入りしていた。宮崎学氏と何度か出くわした。お互い時間が空いていたので、(その後、Vシネマの授賞式で顔を合わせることになる)いくつか話したのだが、彼はこんな話をしてきた。「公安にマークされていて、うるさいんだよ。今もその辺(太田出版近辺)の陰に隠れているよ」。驚いた。「ウソでしょ」「あいつがそうだよ」「まさか、そんなことないでしょ」「いや、そうだ」「そんな目立つ所にいないでしょ」「いや、そうだ」。
 日本共産党の北京機関から(岡田嘉子の後釜として)モスクワ入りして、二〇年がたち、子どもが成人したので、日本に還りたいと党に泣きつくも、約束だけで党はさっぱり動かない。なので永六輔を介して、いずみたくの別荘に行く手筈を組み、帰国した河崎保。私が長年拘り関わってきた「東宝争議」の企画を、高瀬幸途に快諾され、結局とん挫したのだが、河崎さんは、その本の中心人物であった。黒澤明の『デルス・ウザーラ』の共同監督にあたるスタッフであり、『モスクワの日本人』を監督して賞も貰っている。当時、モスクワで一緒に暮らしていた日本人のなかには、のちに大統領候補にもなったハカマダの父である袴田陸奥夫も含め面白い人脈が多数いた。北京機関については、長い間、野坂参三から直接に口止めもされ、実際に公安がへばりついていた。この一九七〇年の帰国のときの飛行機を写した写真には、遠くに五人の公安警察が映っている。すぐに丸の内に留置され、身元引受人がしっかりしているため数日後釈放された。その写真を焼き増ししてもらったが、スパイ映画の一シーンを見るようで気持ち悪い。それらの記憶があり、「書けない」理由の一つは、国家機密以前に、私の経歴にあるのではないかと思うのである。
 さて、ところで、ある省では、三月一〇日にウクライナ特別室(正式名称は違う)ができ、別のある省では、いきなりシュレッダー室が新設され、フル回転し始めた。民間のトップ企業以上に、機密が多そうだ。
 私が過去に赴任した現場は、危険ビッグ三現場のワンツーであることは既に書いた。病院ではノーベル賞受賞の当日に泊まりで、ホテルでは中曽根康弘ほか、皇太后とその同級生などがやってきたのを見た。その次が、経済三団体の一つの会長をやっているCEOのいたビルである。週に三日くらいやってきていたので、眼にはした。そしてそのあとが、今の省庁だ。
 『ビルメンテナンススタッフになるには』を書いたときのビルメン会長インタビューで、一戸隆男氏は、こう答えている。
 〈実はビルメンテナンススタッフという仕事はテロの標的でもあります。たとえば清掃員は、ビルのどこでも入って行くことができます。どんな秘密の場所でも清掃しないというわけにはいきません。清掃員に成りすますというテロも映画ではよくある設定ですね。たとえば電気一つを止めるにしてもそんなに難しい話ではありません。水に毒を入れるにしても屋上に上がって高架水槽に入れるだけです。つまりビル設備はものすごく危険にさらされているんです。その重要性について皆気づかないわけです。〉
 設備員も社長室、院長室、民間の建物は簡単に入ることが出来る。無防備と言ってよい。
 だが、今度の場所は、大臣室はもちろん、その他の機密場所は、分厚い壁というよりも、映画でも見ないような、完全遮断される金属の塊のような重たい建物型金庫みたいなドアがあり、とてもじゃないが、寄せ付けない。逆に、こちらを監視しているのかというと、そうでもなく野放し状態だ。ならば自由なのかというと、そうではない。或る目をつけられてしまえば、徹底的に過去を洗い出し、マークされ、調べ上げられ、それこそ眠っていた記録や人間関係がフル動員され、フル回転する。そう、たぶん私だ。
 この辺で止めておく。まさか消されはしないだろうけど。(建築物管理)







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