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評者◆越田秀男
物語は進行せず円環し続ける、ブルーノ・シュルツ(「北方文学」)――若松丈太郎を特集(「コールサック」)/アルフレート・クビーン『裏面』(「群系」)
No.3557 ・ 2022年09月03日




■霜田文子さんは「北方文学」85号で『ポ・リン/ここにとどまれ』と題し、終生ドロホビチ(現在はウクライナ・リヴィウ州の一都市)に暮らした、ブルーノ・シュルツを取り上げた。シュルツの時代、ドロホビチの支配国は、オーストリア・ハンガリー帝国⇒ポーランド⇒ウクライナ⇒ナチスドイツ、と変転し、そしてシュルツはゲシュタポに射殺された。シュルツの短編作品群は連作のごとく読める。が、物語は進行せず、成長せず、円環し続ける。『父の最後の逃亡』では、父は幾度も死にながら死なず、最後に完全に死ぬとザリガニになり、母に料理されても脚一本残して逃走する。この円環の固執を霜田さんは「外部からの騒音に耳を塞ぎ、孤独を選び取り、ひたすら内省へと向かう」シュルツの姿として捉えた。「ポ・リン」はヘブライ語で「ここにとどまれ」の意、ユダヤ人への迫害に対するポーランド王の善政、ポーランドの語源とも。
 《聖ヨハネは……予言した/たいまつのように燃えた大きな星が空から落ちてきた。……星の名はニガヨモギ……水が苦くなったため多くの人びとが死んだ。》――コールサック社は昨年四月亡くなった若松丈太郎の著作集を刊行、コールサック110号で特集を組んだ。鈴木比佐雄さんは連作『かなしみの土地』を論述、文頭の詩はそのプロローグで、落ちてきたニガヨモギは核爆弾か原発のメルトダウンか。「3 風景を断ちきるもの」――ウクライナ・ベラルーシ国境地帯の緊張感を目撃して、《私たちを差別する/私たちを難民にする/私たちを狙撃する》――若松さんは福島原発事故ばかりでなく、ロシアのウクライナ侵攻をも予言していた!
 オーストリアの素描画家が描いた小説は「世界大戦(第一次)によるヨーロッパの崩壊を予見」――『アルフレート・クビーンの『裏面』をめぐって』(柴野毅実/群系48号)――〈私〉は旧友〈パテラ〉が莫大な資産を投入して造った夢の国に招待され、金が無くても生活出来るところが気に入る(共産主義の喩?)。そこでパテラに会おうと試みるが、まるでカフカの『城』のごとくに邪魔また邪魔(官僚政治の喩?)。そして行き着くと悍ましい怪奇の世界が。最後に戦いが始まり、対立するパテラとアメリカ人は巨大化し……。ここで柴野さんは小説の組み立て方で、G・ガルシア=マルケス『百年の孤独』との共通点に気づく――人工的に設営された閉鎖的共同体であることや発生から滅亡の過程など……『裏面』は『百年の孤独』の60年前の作品。
 ナチスドイツのテレジン収容所(チェコスロバキア・当時)と“少女達の絵”を詩形式で紹介――『テレジンの蝶』(森清/別冊關學文藝64号)――《ユダヤ人の子たちは鉄兜の監視から逃れて密かに絵を描いた》《ドイツ兵の捨てた紙の裏に描いた蝶/野の花の上を飛ぶ蝶だ/高い塀を飛び越す羽 羽 羽》、しかし子供達は貨車に押し込められ《一人一人の羽を奪い/貨物列車は地図に埋没して 消えた》
 過去の“惨”から今の“惨”へ――《奪わねば飢えるかロシア為政者の餓狼の瞳の奥なる凍土》――『半眼のカピバラ』(前野真左子/どうだん通巻870号)――《「仕事です」心のほんの断片で取材に答え兵は発ちゆく》――命のやりとりという仕事。《報道に覚えて辛き街の名が日々増える戦禍の三月暗し》――今は七月末、戦禍も死者も累加するばかり。
 《我の死は、うつくしからむー。/師は長くまさきく在せー。》(折口信夫『特別攻撃隊員賛歌』)――『生還した特攻隊――その出撃前後3』(中西洋子/相聞77号)――文頭は、特攻隊として戦死した学生の出陣時の言葉。これに対し折口は「わが前に挙手する姿ー/その時をさながらにして、あはれまた にほふことのはー。」と詠う。中西さんは、単なる賛歌ではなく「深い鎮魂の思いをこめた」ものと評する。しかし、「にほふことのは」の内奥、この心境にいたるまでの葛藤――ここに目を向けるべき。連載の主旨である。
 雫石とみの生涯を小説に――『創設者』(中村ちづこ/北斗7・8月合併号)――女衒が闊歩する陸奥の極貧の村に生まれた〈とみ〉、幼いころから水汲みなど力仕事をこなし成長すると土方仕事で父母を支えた。が、二十歳の時父母を相次いで亡くし活を求めて東京へ。飯場に潜り込むと白馬の騎士に巡り会い娘二人を授かる。が、東京大空襲、とみだけが生き残る。以後、女収容所の生活へ。そこにもう一つの地獄が……続編を期待。雫石さんは生前、書くことが生きる支えになったと述懐、それはまた私たちが雫石さんの存在を知る手づるともなった。
 人は心を支える根を失うと脆い――『家』(三原和枝/民主文学7月号)――原発事故で浪江町から東京に居を移した初老の夫婦、早々、夫に異変が。趣味の囲碁も書道もやるきが失せて、家計逼迫でもないのに「コンビニで働く」。自発的に始めた新聞の原発関連記事切り抜きも頓挫。「おれは何のために生きているんだ」、鬱の発症。ある日夫婦でスーパーへ買い物、あれ? 夫がいない! 浪江の家に帰ろうとして、迷子に。原発事故4年後に他界。落ち込む妻――友の助け――夫の残した新聞の切り抜き――浪江の我が家、そうだ、二人で頑張ってローン返済した家族のお城を原発事故の資料館にしよう!
 嬰児を放置すると死に至る。なんとか生き延びると〈放置子〉に――『Anonymous――名もなき者』(野田一穂/龍舌蘭205号)――公園などで見慣れぬ子が遊び仲間に加わることはよくある。でも、家の中までとなると。まあ、その時だけなら、え? 皆帰っても居座ってる? 毎日やってきて食事も風呂も着替えも要求、社会問題化している。小説では二人の放置子が登場して、悪玉に対して、一方は悪玉の親(元凶)を特定するネット探偵に。タイトルのAnonymousは国際的ハッカー集団の名だが、ロシアのウクライナ侵攻でも活躍?
 なお、本紙6月4日付本欄で長嶺幸子さんのお名前を「永嶺幸子」さんと誤記してしまいました。お詫びします。(風の森同人)







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