書評/新聞記事 検索  図書新聞は、毎週土曜日書店発売、定期購読も承ります
評者◆凪一木
その156 サイコパスのお告げ
No.3557 ・ 2022年09月03日




■その日、あのサイコパス野郎「最古」の家を訪ねようと、夜勤明けの朝八時三〇分、私は池袋駅へと向かった。最古とは、人を陥れては喜ぶだけの人生を送る「悪」としか言いようのない人間であり、人間と思って相手にしても被害に遭うだけであり、対処方法のない人物と言ってもよい奴だ。最古の家は、未だ棲んでいるとしたなら、西武池袋線で行く埼玉県西部の町である。
 なぜ急にそんなことを思い立ったのかというと、これまでも、社内の皆が、事あるたびに話題に出し、会社を辞めて半年経っているというのに、特に私に確かめるからである。
 別の現場にいると言う噂が、様々な場面で流れ来る。上司がその噂を否定しても、あとからあとから別の嫌らしい情報が湧き出てくる。なおかつ比較的最古とは関わりの薄い本社の男が、最古の出した「辞表」が本社の壁には貼ってあると証言している。そんな馬鹿なことをすること自体が変だ。まるで神棚のお札みたいではないか。いつから神様になったんだ。それでもなお、私に訊いてくるのである。最古はいったい何をしているのか。知るわけがない。
 私が最古に一言「不正をやっているだろう」と言ったのは、二〇二〇年七月六日である。翌日も出勤日だったが、その日の朝に電話があり最古は消えた。ちょうど二年が経過している。おそらく就活では、(資格なしで入社させて貰えた)T工業以外では、採用されない。いくら預貯金があっても、ギャンブルや株で(当人の話では、株にその直前から入れ込み、一生暮らせる儲けがあったとのこと)マイナスとなって、酒に溺れているのではないか。殺人事件を起こしているのではないか。麻薬に走っているのではと、様々な憶測を皆、私に向かってぶつけてくるのである。
 それで仕方なく、ちょうど二年経過したその日に、思い立って、行こうとしたのだ。最古の家を見に。ところがだ。ネット情報が入る。〈八日午前七時五〇分ごろ、西東京市の保谷駅に到着した列車のパンタグラフに工事作業用のネットが引っ掛かっているのを係員が見つけました。列車は動けない状態になっているということです。〉
 その後、保谷駅とひばりヶ丘駅の間の上り線でパンタグラフと接する架線が複数箇所で損傷しているのが確認される。結局その日の池袋線は池袋駅と所沢駅の間の上下線全線で一五時過ぎまで運転できなくなった。
 一緒に行こうと誘っていた元同僚(沖縄空手の元責任者マッチ)は、曖昧にやってきた。行きたくないと言っていたのだが、電車ストップで、これ幸いと行かずに済んだ。二人で日本橋のガストに入る。池袋も新宿も、その他のガストは、早い時間では開いていない。ところがだ。私がトイレから戻ると、マッチから「変なニュースが流れてきた」と報告。それが「安倍晋三撃たれる」のニュースだった。
 最初に思ったのは、朝、門を出てきたばかりの官庁であるA省だ。厳戒態勢にでも入っているのではないか。私の出勤日である翌々日は選挙当日で、どうなっているのだろうか。だが、なんということもなく、いつも以上に平穏であった。
 もう、この記事が出る頃には概ね背景や理由が分かっているだろうが、急いで家に帰って見たその日のテレビ報道は、真っ黒塗りの刑務所で見る暴力団関係の新聞記事みたいだった。と言っても見たことはない。最初に私の見たネット投稿は、Ⅴシネマの監督で以下のものだ。
 〈桜を見たり、もりそば食ったり、かけそばすすったり…私腹を肥やしても裁けない権力者は、撃ってやろうと思われてもしゃあないわなぁ。〉
 私も似たような感想であった。だが、余人の予想を裏切って残念がらせる、変わった事件となっていく。統一協会の親玉を標的とするも断念し、近い存在だった安倍晋三に切り替え、その日その時、奈良の街頭で交差する。J・レノンを殺したマーク・チャップマン風を考えたが、ファン心理ではない。用意周到に前年から武器は改造等を重ね、試射を行う。前日の岡山での演説にも出向き強行を回避する。翌日の奈良では、手薄で結果的に無能な警護の後押しもあって本懐を果たす。未遂とはならなかった。
 いろいろな意味で不幸で、番狂わせで、失笑も買う事件となる。しかし一番の無念は、罪を償わせる前に死なれてしまった事件であるのに、それが逆利用される祭典と化して、最も醜い事件となったことだ。
 「卑劣な蛮行であり、決して許すことは出来ない」「最大限の厳しい言葉で非難をいたします」と涙目で語った岸田首相は、のちに残念な映像大賞となるだろう。
 一番重要なことは選挙なのか。罪作りな事件だ。つまり、安倍晋三は、もちろん皆に愛される人物ではないどころか、少なくとも「叩かれて」当然の人物であった。アベノミクスは企業の内部留保を増やして、実質賃金を減らした。森友学園問題では自殺者を出し、それでも裁かれない。鵺のような人たちに守られていた。私は、身近な現実に則して、この社会に憤っていた。事件は、その思いをさらに踏みにじる、彼らの「楽な」思惑をブルドーザーのように行使する(派遣先の親会社の横暴を許す)都合の良い道具となった。だから罪だと言っている。
 こんな不愉快な事件はない。民主主義への挑戦などではない。まるで安倍氏が民主主義みたいではないか。逆である。それを今度は、反自民と反民主主義とを混同して展開する人たち。赤木俊夫氏の自殺までを描いた映画及びネットフリックス『新聞記者』のプロデューサー河村光庸は、この事件を知ることもなく、前月に急死している。合掌だ。
 法律で裁けないこの国で、ならばどうしたらいいのか。私などは呆然と立ち尽くしている。銃撃犯は、宗教での恨みであれ、「裁かれない」男に対して、他の方法を思い付かずに強行したのだろうか。なぜ安倍氏は未だ裁かれないのか不思議だ。私のいた現場のパワハラ所長もまた、裁かれても処分されてもいない。私の方が飛ばされた。
 翌日の大手五紙(朝読毎・日経・産経)が、気持ち悪いほどに同じ大きさの黒背景白抜きで「安倍元首相撃たれ死亡」という「一字一句同じ文言」の一面トップ見出しである。
 他に思いつかないという識者がいたが、馬鹿らしい。たとえばスポーツ紙は、ニッカン「安倍元首相凶弾死」、報知「安倍元首相銃撃死」、サンスポ「安倍元首相死亡」、スポニチ「安倍元首相銃撃死亡」、東スポ「安倍元首相凶弾に死す」、デイリー「白昼の銃撃安倍元首相死亡」と各紙が、また大手五紙とも違う。撃たれた地の奈良新聞「安倍元首相銃撃、死亡」と、「藤岡弘、」ではないが、点が入っている。つまりこの大手五紙の文言のみしか考えられないという定番文ではない。五紙には口裏合わせ、談合、指示があったのであろうか。ただ単に文字の思考が同じなのか。
 黒い時代の到来のような、最古のお告げのような一日であった。
(建築物管理)







リンクサイト
サイト限定連載

図書新聞出版
  最新刊
『新宿センチメンタル・ジャーニー』
『山・自然探究――紀行・エッセイ・評論集』
『【新版】クリストとジャンヌ=クロード ライフ=ワークス=プロジェクト』
書店別 週間ベストセラーズ
■東京■東京堂書店様調べ
1位 マチズモを削り取れ
(武田砂鉄)
2位 喫茶店で松本隆さんから聞いたこと
(山下賢二)
3位 古くて素敵なクラシック・レコードたち
(村上春樹)
■新潟■萬松堂様調べ
1位 老いる意味
(森村誠一)
2位 老いの福袋
(樋口恵子)
3位 もうだまされない
新型コロナの大誤解
(西村秀一)

取扱い書店企業概要プライバシーポリシー利用規約