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評者◆添田馨
改憲という亡霊――亡国に至るを知らざれば即ち亡国②
No.3558 ・ 2022年09月10日




■いまこの国では「国葬」という亡霊がいたるところで跳梁跋扈しはじめている。むろん去る7月8日に暗殺された安倍元総理のなんの法的根拠もない「国葬」のことを指している。
 国葬を決定したのは現在の岸田政権であり、そもそも反対の多いこの国家行事の全責任は政府にあるのだとしても、死してなおこのようなかたちで大衆の意識を縛り続けようとする亡霊的執念のようなものさえ、私はそこに感じ取ってしまう。この国葬は、つまるところ亡くなった元総理からの新たな〝攻撃〟ではないのだろうか?
 私は安倍元総理の「国葬」には、明確に反対だ。そして「反対」だと表明することには大きな意味があると思っている。国葬とは特定の死者を国が弔う行為であって、国という看板がそこにつく以上、それは国民ぜんたいの意志を代表したものと見なされる。諸外国にとってはなおさらそうである。こっちとしてはたまったものではない。
 政府の独断で個人の意思までが強制動員されかねない茶番劇がはじまろうとする時、ただ黙っていたのではそれに「賛成」したものと見なされるのである。国葬が予定どおり決行されたとしても、「反対」した足跡だけはきちんと残さなくてはならない。決して大げさではなく、歴史へのそれが最低限の義務だと私は思っている。
 政治権力が社会への支配強化をねらうとき、象徴空間の掌握は必須である。象徴空間は観念レベルでの共同性を本質として持つから、政治と宗教の結びつきは世界じゅうどの国においても完全には分離できない難しい問題だ。だからこそ、賛否がおおきく分かれるような今回の「国葬」などは、その性格を鑑みても政治が主導してやるべきではないのである。国によって捏造された弔意の、それは国民への押し付けいがいの何物でもないからだ。
 亡霊との闘い――それはいわば象徴戦であり、おのずと別の流儀が必要になる。この闘いにマニュアルはない。死者の政治利用を許してはならぬ。死者はただ安らかに眠らせよ。
(続く)







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