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評者◆凪一木
その157 選挙の話
No.3558 ・ 2022年09月10日




■さて、選挙である。
 ある程度、いくつか頼れる情報と判断力を若い頃から持ち、アンテナをそれなりに張っていれば、オカルトブーム時代に子どもが喜んでいたような陰謀論やトンデモ話に乗ることや、一方で選挙にいかないレベルの捻れたニヒリズムを発揮することはないはずなのだ。
 だが、どうしたらこうなるのか、そこそこのインテリでも、勉強はかなりできる人間でも、驚くほどの判断力の無さと情報不足、或いは歪んだ情報利用とによって、妙な選択や行動をとる。SNSでも「見知ったインテリ」から、詰らないケチを付けられる。脚本家などのそれなりの職業の人間の暴言や痴態を見せられる。マインドコントロールされ、ストックホルム症候群と化しているのではないかと思うほどの地獄絵図だ。国民の情報アンテナと判断力の一つの結果である。
 もちろん投票率の低さを考えると「総意」と言えるものではないが、それでも「どこの誰の投票による結果なのか」と周囲を伺うと、まあ、それなりに合点がいく。
 ビル管理において選挙は、ほとんど無関心連中で、投票所に行かない人間ばかりだった。だが、これまでの現場の構成人員と違って、今度の現場は、さすが官庁というべきか、このA省ではそんな人間は一人もいない。支持政党を持っているというわけでは特になく、しかし、毎日毎日、館内放送で「本日の国会は云々」とアナウンスされていては、また、たまに大臣官房室などに行くと、各委員会の全部の生中継を映し出すことのできる特別なテレビもあり、我が事とまでは言わないが「身近」には感じるのである。選挙ぐらい行くのは当たり前なのだ。という風に。
 国民の財産である国有地を、八億円の割引で売却する。おかしくないか。その追及を、NHKや朝日新聞といった信頼できるはずの大メディアが妨害したり、揉み消そうとする。
 当時NHKで森友国有地問題を追いかけていた相澤冬樹『メディアの闇』(文春文庫)には、こうある。
 〈その年(二〇一七年)の年末、報道部記者全体の忘年会(中略)報道部長賞という取材特賞を配った。(中略)大盤振る舞いで、かなりの数の記者が賞をもらった。(中略)だが、この一年、間違いなく最も重要な取材テーマで、しかも成果があがっていたと誰もが認める森友事件の取材について、まったく一言も触れることなく、取材にあたった記者たちも誰一人受賞しなかったのである。〉
 いちいち策略、陰謀論めいたことを言いたいわけではないが、たとえばNHK「クローズアップ現代+」の放送直前になって、〈M編集長は、演出上の都合を理由に、スタジオの出演者から社会部デスクだけを外すと言い出したのである。〉などの記述を読むと、私が会社で、一人だけPCR検査を受けさせられなかった「排除」「妨害」「締め出し」の論理を実感として理解できる。
 安倍晋三元首相死去の翌日、テレビ朝日系「中居正広のキャスターな会」では事件を特集した。社会学者古市憲寿は「確かに首相経験者が銃弾に撃たれるというのは戦前以来のことで、一〇〇年間なかったことで。でも、これで日本の治安がただちに悪くなったとか、社会が大変だとか動揺し過ぎる必要もないと思う。それはテロに負けるってことになると思う」とし、「これで日本がダメになったとか、治安が悪くなった、戦前回帰だとか、一足飛びに思考を飛ばさない方がいい」と話す。失われた三〇年を成功や成長と主張する側に与して、押さえつけようとしているのか。
 左翼とか右翼という分かれ目はどこなのか。同じドラマの視聴でも、悪人を支持して観ている者もいる。「民主主義への暴挙」だの、「許してはならない愚挙」だのと、テレビ画面から、「こちら」つまり視聴者に向かって、時に怒りを込め、時にヒーローぶって、時に唾がこちらに飛んでこないかというような勢いで語られる。それは、見ている視聴者にではなく、当人に言えよと思う。「コロナが憎い」のときの不快感に近い。それとも「似たような蛮行」をしかねない我々「視聴者」に向かって、注意と警告を発しているのか。
 私は選挙前日、期日前投票に行った。狙撃犯の山上は、言葉で闘うことを諦めたのだ。投票日のTBS「サンデージャポン」で太田光(爆笑問題)は涙ながらに語っていた。「暴力ではなく言葉で闘え」という言葉が通じなかった、伝わらなかった。そこが無念だ、と。だが、そこで言葉を噛み締め、それ以上を敢えて語らないのはなぜか。それでも、伝え、通じていかなければならないはずなのだ。「民主主義への暴挙」と怒りの表情を敢えて見せ、自ら「言葉の可能性」を捨てて、「言葉の暴力」でもって排除し、「言葉で闘う」ことを諦めて見せたのが、岸田首相ではなかったか。勇まし気な「男」たちの涙の演説に対して、太田光は何か言うこと、思うところはなかったのであろうか。
 事件の翌日、選挙前日に急遽放送されたNHKスペシャル「安倍元首相 銃撃事件の衝撃」。いきなりのナレーションは次の通りだ。
 〈参議院選挙の二日前、四一歳の男が日本の民主主義を揺るがす凶弾を放ちました。〉
 何と大袈裟な煽り文句であろう。そしてアナウンサー高瀬耕造が、冒頭語った言葉が以下である。
 〈こんばんは。NHKスペシャルです。私たちは今回の事件が歴史に刻まれる重大な事件であること。そして民主主義を暴力によって揺るがす行為は断じて許されないということをあらためて確認する意味で今回急遽、特集としてお伝えすることにしました。〉
 暴走だろう。本当に言論が通るのか。通用するのか。話し合いの場を設けてくれるのか。話を聞き、前向きに(悪を働いている人間が)自らを改めてくれるのか。再三再四ここに書いてきたように、なぜ、パワハラ男が現場に残って、私が飛ばされているのか。その程度で済んでいるから、私は暴力に訴えることもなく、何とか不満を述べ、安酒でまぎらわしているが、その程度で済まない者もいるだろう。
 原始社会で人が欲望を達成しようとしたら、道具もシステムも少ないゆえに、複雑な絡繰りで騙したり陥れたりすることにはならないだろう。だがいつからか、危険なほどに何でも揃っているから、少々の悪人も肥大化する。結果として、残酷に人を追い詰め、自殺させるだけの、或いは、「言論で対抗しろ」と言ってそうはさせない仕組みで追い込み、言論以外の武器に手を染めさせる場合も、たくさん目にしてきた。嘘や隠し事が、さらなる妨害に手を貸す。信用できないから、こちらの生活までが崩され、下手をすると人生まで潰される。
 山上徹也は、テレビではなく映画の描く領域だ。渋谷ホームレス事件を映画化した高橋伴明の如く、今こそすぐにでも撮る題材だ。
 そう感じたのが、今回の私の選挙である。
(建築物管理)







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