書評/新聞記事 検索  図書新聞は、毎週土曜日書店発売、定期購読も承ります
評者◆凪一木
その158 職業の話
No.3559 ・ 2022年09月17日




■安倍元総理を狙撃した犯人の職業の話である。
 〈県警の発表では山上容疑者は「無職」とされた。山上容疑者は五月までの約一年半、大阪府内の人材派遣会社に在籍し、京都府内の倉庫に派遣され、フォークリフトで荷物を運ぶ仕事をしていた。人材派遣会社の担当者は「口数が少なく、おとなしい印象だった」と話す。派遣先の社員は「周囲と一緒に過ごすことは少なく、自家用車の中で昼食を食べていた」と言う。派遣会社に4月、「体調が悪い」と退職を申し出た。有給休暇を消化し、5月中旬に辞めたという。〉(朝日新聞デジタル7/8)
 ただし、多くの報道機関は彼を「元自衛官」と報じ「自衛隊で訓練を受けた犯人」と強調した。私はこの表記に疑問を感じる。この四一歳の人間について、一七年前に辞めた自衛官という職業でもって「元」と単独で紹介するのはおかしい。その後の一七年間を無視するのか。安倍晋三を「元首相」というように、近いものを、もっと年数を勤めた代表的な職業を紹介すべきではないか。自衛隊ののち、〈退官後は測量会社でアルバイトをしながら、宅地建物取引主任者や2級ファイナンシャルプランナーの資格を取得。その後は派遣社員として会社を転々としながら、主にリフト作業の仕事に就いていたという。〉〈事件の直前まで、容疑者は大阪府内の人材派遣会社に籍を置いていて、京都府内の倉庫でフォークリフトを運転していました〉(「デイリー新潮」7/9)
 たとえば「元神戸製鋼所社員の安倍晋三が撃たれて死亡」という報道ではおかしいだろう。おかしいから、そんな報道はしない。
 秋葉原通り魔事件の加藤智大は、「派遣社員」が話題となったが、記述にもちろん意思は働く。人の属性は、名前よりもインパクトを持つ。麻生太郎を、麻生セメントの御曹司と見るか、或いは元オリンピック選手、もしくは統一教会関係者と見るか。それぞれの光の当て方でヒーローにも戦犯にもなりうる。
 講談社で私が本を出したときの編集者岩崎卓也はこうコメントしてきた。
 〈銃器の扱いになれている可能性が高いから「元自衛官」ですね。〉
 映画監督島田元の見方はこうだ。〈むかし3年間自衛官だったことを報道する意味はありますよ。まず確実に日本人だと分かるし、生え抜きの左翼とも言えなくなる。過去には国を守るはずだった者のテロという事件性もある。〉
 だが、海上自衛隊呉地方総監を務めた伊藤俊幸は、「海自で得た知識」はありえないと語る。
 〈実弾を使った射撃訓練も行いますが、これは一日しかなく、この時に撃つ銃弾の数も10発程度です。それに、扱うのは長いライフル銃なので、伏せた状態で完全に腹を地面につけたまま引き金を引く『伏せ撃ち』という打ち方しか教えていません。〉(「現代ビジネス」7/11)
 アルバイトを含めて、私がこれまで採用されて就いた仕事は、以下のとおりである。
 現在のビルメンテナンスのほか、ビル建設工事、ビル解体作業、地下鉄工事、橋梁工事、温泉施設増設、建設資材商社の営業、寿司屋見習い、魚屋店員、八百屋店員、今川焼屋実演販売、たこ焼き屋実演販売、シュウマイ屋実演販売、居酒屋厨房、レンタルビデオ屋店長、レンタルビデオ卸問屋の営業、ビデオダビング業、アダルトビデオ制作業、バス乗車記録係、映画学校講師、じゃが芋掘り、エンドウ豆もぎ、新聞配達、そして物書きである。
 面接で断られた仕事は、ホストクラブ、家庭教師、塾講師、自動車整備工、プリンター作業員、レンタルビデオ店員、映画館スタッフ、スーパーマーケット店員、弁当屋店員、旅行業社、広告代理店、ビルメンテナンス、警備員、清掃員、看板屋、郵便局仕分け、バンドのボーカルなどだ。私が事件を起こすと、今ならビル管だろうが、もし辞めていたら、いったい何を「自衛官」の如くに目立たせて職業紹介されるのであろうか。
 選挙翌日の七月一一日に、安倍晋三と同じ七六歳での死去が発表された人物がいる。
 THE CRAZY RIDER横浜銀蝿ROLLING SPECIAL(以下横浜銀蝿)のリーダーで、作曲もしたドラムス担当の嵐ヨシユキである。亡くなったのは、安倍元首相の死より四日前だった。
 嵐は、安倍晋三よりも先に、国民の前に現れる。一九八〇年にデビューして、八一年一月に発売されたセカンドシングル『ツッパリHigh School Rock\'n Roll(登校編)』で爆発的な人気となり日本中に一大ツッパリブームを起こす。このとき安倍晋三はまだ、神戸製鋼所の社員である。
 祖父が岸信介首相、父も首相候補だった安倍晋太郎自民党幹事長というサラブレッドの安倍晋三は、一九五四年九月に生まれ、親類に当たるお手伝いさんに育てられ、小学生のときには、当時東大法学部の学生だった平沢勝栄(のち内閣官房長官秘書官等を歴任)が家庭教師につく。七三年三月には成蹊高校を卒業し四月に成蹊大学入学。アルファ・ロメオに乗って通学したという。卒業後の七八年一月から一年間、南カリフォルニア大学に留学し翌年帰国し四月に神戸製鋼所に入社。大学在学中の七五年に、兄の安倍寛信が三菱商事に入社し着実に実業の道へと進む中、政治の遺伝子は自らに託されることを自覚していく安倍晋三。
 嵐の方は、五五年四月に生まれ、七四年三月湘南工科大学附属高を卒業し関東学院大学に入学、在学中の七九年九月にバンドを結成。大学は八年通って除籍となる。人気絶頂の八三年一二月三一日解散。この年の五月一六日には、首相の中曽根康弘と「芸術・文化人との懇親会」で歓談し話題となった。このとき安倍晋三は、外務大臣に就任していた父晋太郎の秘書官を務めており、まだ政治家とはなっていない。父の急死により後を引き継ぐ。
 嵐がバンドを結成し、安倍晋三が神戸製鋼所に入社したころ、山上徹也は生まれていない。嵐のバンド横浜銀蝿がデビューし人気絶頂の頃に産声を上げている。私はこのとき、高校三年生だった。
 山上の父は五歳時に亡くなるも、高校は県内屈指の進学校郡山高に入学する。二、三年時には高校野球の甲子園出場で応援団部として観客席での「出場」も果たしている。いずれも一回戦の対戦相手は北海道であった。九九年三月卒業後に二〇〇二年八月海上自衛隊佐世保教育隊に入隊したと報道されている。(読売新聞オンライン7/9)
 山上の母は、寄付により九九年に祖父の家を売却し、二〇〇二年八月には破産宣告を受ける。父も兄も自殺。二〇〇五年八月に任期満了で山上は自衛官を退職するがこの一〇月に、安倍晋三は内閣官房長官となる。
 一方、嵐の実弟で横浜銀蝿の人気の中心であった翔が、一九九七年を皮切りに覚せい剤取締法で度々逮捕される。二〇〇一年には嵐が自由連合の公認候補として選挙に立候補し落選。二〇〇三年の翔の逮捕により兄の嵐は坊主頭となる。そして二〇〇四年に脳梗塞で倒れるのである。だが、嵐ヨシユキの職業は、まぎれもなくロックンローラーであった。
 合掌。
(建築物管理)







リンクサイト
サイト限定連載

図書新聞出版
  最新刊
『新宿センチメンタル・ジャーニー』
『山・自然探究――紀行・エッセイ・評論集』
『【新版】クリストとジャンヌ=クロード ライフ=ワークス=プロジェクト』
書店別 週間ベストセラーズ
■東京■東京堂書店様調べ
1位 マチズモを削り取れ
(武田砂鉄)
2位 喫茶店で松本隆さんから聞いたこと
(山下賢二)
3位 古くて素敵なクラシック・レコードたち
(村上春樹)
■新潟■萬松堂様調べ
1位 老いる意味
(森村誠一)
2位 老いの福袋
(樋口恵子)
3位 もうだまされない
新型コロナの大誤解
(西村秀一)

取扱い書店企業概要プライバシーポリシー利用規約