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評者◆睡蓮みどり
映画よ、自由であれ!――スラバ・ツッカーマン監督『リキッド・スカイ』、ゲイソン・サヴァット監督『ドライビング・バニー』
No.3559 ・ 2022年09月17日




■二つの嫌な報道を目にした。
 ひとつめは、役者の香川照之が3年前に銀座のホステスへした性加害報道。一応の謝罪はしたものの、被害女性への謝罪ではなかった。ホステスという職業柄、そのくらいのことはされても仕方がないかのようなご意見をわざわざいう人たちまでいて辟易。また、「自業自得」「店側の落ち度」「3年前のことなのに今更……」などと、タレントたちがこぞって香川氏を擁護しているのがわざわざ記事になることも醜悪だ。これは典型的な二次加害だ。
 もうひとつは、映画監督のアッバス・キアロスタミによる、アーティスト、マニア・アクバリさんへの性加害と盗作疑惑だ。これにより、日本で公開予定だった作品が公開延期となった。私には、許せない三つのタイプの人間がいる。性加害をする人間と、差別主義者と、ペドフィリアだ。それがアーティストである場合、どんなにそれまでの作品が好きだったとしても、作品と作家性は別などという言い方で擁護することはしないし、二度と作品を見ることもない。評価すべきでないという考え方をしている。
 少し前に、私自身が受けた性加害のことを知らない人から、よりによって私に性加害をした監督の名前を出して「でも、お蔵入りってやりすぎだと思わない?」と唐突に言われて唖然とした。もちろん、そんな理由でお蔵入りになる作品は不憫である。だが、そうさせた罪は加害者にある。
 被害者を生み出すだけでなく、作品づくりに関わった罪のない人がどれだけ悔しい思いをし、ファンを裏切る行為であったか、それは加害者が請け負うべき責任だ。逆に、なぜ公開延期や降板を「やりすぎ」などと言えるのだろう? 私もいち映画ファンである。こういう報道が出てくるたびに、本来出会えたかもしれない作品と出会う可能性がなくなることは、悲しくてならない。

 そんな欲望に溺れた人間たちを、血を流すことなく、跡形もなく消し去ることができたら。そんな夢のようなことが起こる風変わりなSF映画が、日本上映40年ぶりの『リキッド・スカイ』だ。今月17日から10月7日まで新宿K\\\'s Cinemaにて開催される「奇想天外映画祭2022」で上映される目玉作品でもある。ジョルジュ・フランジュからルイス・ブニュエル、ジョン・ウォーターズまで公開作も幅広く、注目すべき作品が目白押しの映画祭だ。
 ある夜、おもちゃのような小さな宇宙船がマンハッタンに降り立ち、エイリアンはモデルのマーガレットの肉体を拠点とし、ヘロインとセックスの快楽が分泌される物質を求める。しかし、マーガレットと関係を持った相手は絶頂に達したのち、跡形もなく消えてしまうという奇妙なことが起こる。マーガレットを演じたアン・カーライルは、ジャンキーでゲイの男性ジミーの二役を演じている。セクシュアリティによる住み分けが意味をなさないこの世界で、しかしマーガレットの美しさは「性的な対象」として見られ、男性からも女性からも体を求められる。性的対象にされることに慣れていても、受け入れているわけではない。マーガレットは悲哀を感じさせるどころかとてもクールな目つきで、不感症でいるしかない。「エイリアンと手を組んで復讐のために次々と殺人をする」というと壮大な話になってしまいそうなところだが、そう感じさせないある種のチープさとサイケデリックなライトの数々が、80年代のにおいをきつく放ち、ダウナーな音楽の流れるディスコへと誘われるようである。こんなふうに、映画はとことん自由であってほしい。アーティストなら作品でとことん表現すればいい。

 もう一作ご紹介したい映画は、自分の子どもたちと暮らしたいと願う母親バニー・キングの奮闘を描く『ドライビング・バニー』。バニー(エシー・デイヴィス)は家がなく、妹夫婦の家に居候している身。それゆえ子どもたちとは一緒に暮らすことができない。バニーはいつも切羽詰まっていて、焦っている。離れて暮らす幼い娘に「誕生日を一緒にお祝いする」と約束をしてしまい、それに翻弄される。バニーは定職についておらず、路上で車の窓拭きをしてなんとか日銭を稼いでいる。なかにはそのような彼女を罵る人もいるが、もちろんバニーが自ら望んでこのような状況にいるわけではない。彼女を助けようと手を差し伸べてくれる人たちもいるが、結局現状に対する焦りや怒りが原因となっていてうまくいかず、悪循環に陥る。
 バニーを見ていると、子どもたちへの愛情に嘘偽りがないことは十分に伝わってくる一方で、協調性や計画性がなく、なにかあれば他人のものを盗むなど、モラルが欠如していることも描かれている。姪のトーニャ(トーマシン・マッケンジー)が義父から言い寄られているのを目撃し、激昂する。バニーは自分でも理解しているように、「怒りをおさえることができない」のだ。
 バニーの持つキャラクターの魅力や力強さ、明るくポジティブに映る行動に引っ張られて物語が進んでいくこととは裏腹に、状況は悪化していく。途中で明かされる、夫不在の理由も痛ましい。結果的に子育てのすべてをひとりで引き受けなければならなくなったバニーが、「社会」というところから、一方的にはみ出し者にされてしまうのだ。母親の態度に苛立ち不満に思いながらも、息子がバニーの良き理解者であることが救いだろう。
 先日こちらの連載でご紹介した『地上には満天の星』もホームレスになってしまった女性と娘の物語だった。見つかれば引き離されてしまうため、やむなく地下で暮らしている。適切な労働環境や住環境がないのは、やはり社会の問題だ。個人の努力の問題で片付けることなど到底できない。「弱者に寄り添う」と簡単に言ってしまえることがいかに驕った考えであるかを思う一方で、映画が教えてくれる一つの現実と向き合いたいと強く考えさせられる。
(俳優・文筆家)







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