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評者◆関大聡
セリーヌの『戦争』――「大作家」と反ユダヤ主義
No.3562 ・ 2022年10月15日




■前回の連載(三五五五号)では、今年の五月に刊行されたルイ=フェルディナン・セリーヌの小説『戦争』を紹介した。刊行時のゴタゴタ(半世紀近く消失していた原稿の所持を公表したジャーナリストが盗品隠匿罪で起訴された)を除けば、同書は読書界に好意的に受容されたと言える。
 作家が見事な筆致で描き出した第一次世界大戦下の世界は、現代の戦争被害を間近に見ている今日の読者にとって他人事と感じられまい。また、セリーヌにとって一九一四年の戦争がもった決定的な重みに改めて照明を当てることにも貢献したはずだ。
 だが、作家と第一次世界大戦の関係にフォーカスすることは、もうひとつの大戦の前後に作家が発表した一連のパンフレ(誹謗文書)――『虐殺のためのバガテル』(一九三七)、『死体派』(一九三八)、『苦境』(一九四一)――と、それが現在も引き起こし続けているスキャンダルに対する関心を逸らすことにはなるまい。そのスキャンダルとはつまり、「大作家」セリーヌの反ユダヤ主義という問題である。

 この問題をめぐる近年の動向については、専門家である木下樹親氏が適切な紙幅を割いて紹介しているため、この短い時評欄で私が付け加えられることはない。言葉足らずを覚悟でいくつかの論点を確認しよう。セリーヌは、明確に反ユダヤ主義的内容をもつパンフレの刊行などを原因に対独協力者と見なされ、戦後の数年をデンマークに亡命して過ごした。対独協力作家の追放により成立した戦後文壇からも排除される状況が続いたが、状況に変化が生じたのは『城から城』(一九五七)以降のことである。この批評的成功を収めた作品により、セリーヌは一〇年以上にわたる煉獄を逃れることができた。
 後にセリーヌ研究の大家となるアンリ・ゴダールが二〇歳で初めて彼の作品を読み、それまでの読書経験とまったく異質の文体との出会いに衝撃を受けたのもその時のことだと、自身の研究者としての生涯を回想する『セリーヌを通して文学が』(二〇一四)に書かれている。六一年の作家の逝去も再評価の傾向をさらに進めた。学術的な研究環境も徐々に整い、七〇‐九〇年代にかけて大作家の作品を収録するプレイヤッド叢書に彼の小説集(全四巻)が収められることで評価は決定的になった。その編者を務めたのは他ならぬゴダールである。
 その彼が、セリーヌの手による反ユダヤ主義文書を初めて読んだのは一九六七年のことで、その読書経験が小説のそれとは対極の、耐えがたい恐怖の経験であったことを包み隠さず回想している。だが、そのために小説の読書から得られる美的な喜びの感情までなかったことにできるだろうか。ふつう私たちは、道徳的判断と美的判断がこれほど対立する現場に立ち会うことはない。だが「セリーヌが私たちに立ち会わせる比類なきスキャンダルとは、私たちが非難する思想を表明したことがある作家の作品に、喜びを見出すというスキャンダルなのである」。ゴダールのこの言葉は、問題の核心を探り当てている(『セリーヌというスキャンダル』一九九四)。
 実際、セリーヌ受容におけるアキレス腱というべき反ユダヤ主義の問題については、定期的に論争が浮上している。近年の事柄としては、没後五〇年にあたる二〇一一年、国家により記念される著名人のリストにセリーヌの名が挙げられ、抗議を受けて撤回される騒動があった。さらに二〇一八年にはパンフレの再刊をめぐる騒動が起きている。
 パンフレの出版状況については独特の経緯が存在する。そもそもパンフレが戦後に再刊されなくなったのは、問題が再燃するのを危惧する作家自身の意志に基づくものであり、作家の没後も版権所有者であるリュセット未亡人により禁は解かれずにいた。したがって、法的に出版や頒布が禁止されているわけではない。人種差別や反ユダヤ主義を禁止する法律は存在するが、いずれも戦後に制定されたものであり、遡及しないのが原則である。そのため図書館などでの閲覧は可能であり、従来から古書店や専門書店を通して(高額だが)入手は可能であった。
 状況の変化の兆しになったのは、インターネット上の海賊版により誰でもアクセスできる状況が拡大したことや、著作権切れによりパブリック・ドメイン化する状況に備えねばならなかったことが挙げられる。実は、著作権が五〇年で切れるカナダでは、すでに再刊は実現されている(フランスでは七〇年)。それは『論争的著作』というタイトルで二〇一二年に刊行された批判校訂版であり、校訂作業は『過激の美学』(一九九九)の著者であるレジス・テッタマンズィが担当している。こうした状況を踏まえ、危険なテクストを無批判かつ非合法的に流通させるよりも、正確な批判校訂を経た著作をフランスでも刊行しようという機運が生じ、未亡人や遺言執行人も再刊にゴーサインを出すことになったのであるが、この試みも反対の世論を前にあえなく潰えることになった。

 多くのセリーヌ研究者は、慎重な態度を前提にしながらも再刊に肯定的である。ゴダールも、作家の反ユダヤ主義は重大な問題だが、『夜の果てへの旅』や『なしくずしの死』において戦争や死、人間の不幸や苦しみに対してあれほど鋭敏な感受性を示せた人間が、なぜ反ユダヤ主義という不幸の極致を選択しえたのかという問いを熟考することは、暴力の犠牲者でさえしばしば陥る暴力の誘惑について考えるヒントになるのではないか、と論じる。
 実際、なぜセリーヌが反ユダヤ主義に傾倒したかについては、説明の試みが複数存在する。家庭環境(父親は筋金入りの反ユダヤ主義者だった)、時代状況(戦間期フランスには、反ユダヤ主義が「意見」として流通しうる空気が蔓延していた)、個人的な怨恨(文学や恋愛、仕事での挫折・トラブルの原因を他者に投影していた)、精神分析的な説明など……だが、校訂版編者テッタマンズィの区別を踏襲するなら、セリーヌの人種主義は「説明」は可能でも「理解」は不可能である。
 たとえば『戦争』とも関連しうる論点だが、セリーヌは第一次世界大戦の経験から平和主義の立場に立ったため、第二次世界大戦を目前にしてユダヤ人を戦争の原因と見なし攻撃に走ってしまった、とする主張がある。セリーヌ自身が戦後にみずからの正当化のために用いたこの説は、しかし「説明」にすらなるまい。テッタマンズィも言うように、たとえ三七年頃のセリーヌが実際に戦争への警鐘を鳴らすことを望んでいたとしても、問題はそこにはない。「明らかに問題は、公的制裁の対象としてスケープゴートを選んだその選択なのである」。
 数少ない再刊反対の立場に立つ専門家として、フィリップ・ルーサンの名を挙げることができる。セリーヌ論『文学の悲惨、歴史のテロル』(二〇〇五)の著者である彼は、今回の『戦争』刊行経緯についても批判的な文章を発表しているが、二〇一八年に再刊問題が浮上したときには、現在のフランスにおいて反ユダヤ主義は犯罪であり、セリーヌのパンフレは明確な憎悪扇動にあたるとして反対の立場をとった。法の遡及が問題になるかもしれない。ただ、「再刊」という行為は現時点で行なわれるものであるから、出版社側の責任が生じるのは道理だろうし、ルーサンも再刊を計画したガリマール社の名声を持ち出してまでその点を指摘している。

 セリーヌの反ユダヤ主義の過激さを目にして、私個人は再刊への賛同に躊躇してしまう。セリーヌは真面目じゃない、半狂乱にせよ諧謔混じりにせよ、読者はそれを真剣に受け取るまいという主張は、パンフレ発表の当初からなされてきた。だが最後にゴダールを引用するなら、人種差別を悪と考える限り、そのような冗談的な調子こそ「もっとも耐えがたい」点である。それと同時に、あらゆる道徳的判断にもかかわらず、セリーヌの反ユダヤ主義は「笑わせる」ものだと認めねばなるまい。批判校訂が言説内容の虚妄を暴き立てても、セリーヌの文体がもつその力まで無効化できるとは思えない。そう信じるのは学術の思い上がりというものだ。
 パンフレは反ユダヤ主義「だけ」でなく文学や芸術への思索を含み、作家の「全体像」を理解するには不可欠である。だが、泥沼から砂金を拾い出す作業は、研究者や歴史家、一部好事家向けでも良い。新刊書店やキオスクで手に入らない書物であることは、パンフレの処遇として不当とまで言えないのではないか。もちろん、著作権の消滅がもたらす「なしくずしの再刊」だって望ましくない。再刊問題とは結局、社会が人種差別、反ユダヤ主義の過去に向き合う仕方の問題であり、その議論は粘り強く進める他ないのだ。
(フランス文学・思想)







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