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評者◆凪一木
その161 イベントの依頼
No.3562 ・ 2022年10月15日




■ビル管理の仕事をしていて嬉しいのは、それ以外の仕事の依頼が来ても、それに対し簡単に対応できるからである。給料は安いが時間がある。重要な仕事ではないから穴を開けても差し支えがない。私の場合もそうであり、トークショーなどは大歓迎だ。これは、同じサラリーマンでも、ビル管独特なことである。イレギュラーの仕事を、たとえ残業であれ、金額の高い仕事でも、平気で断れる。もちろん人によっては、たいして関係もなく重要でない仕事であっても、しがらみや気の弱さから「断りきれない」という人もいるだろう。私にはそれがない。断れる。
 もっと言うと、そのサラリーマン仕事で、少ないながらも定額を確保しているので、フリーの方の仕事に関しては、さらに我が儘が利く。もともとサラリーマンでないときには、かなり仕事に飢えていた。だから、目の前にぶら下げられた美味しくもない仕事に、己のプライドや魂と生存本能とを秤にかけて何とか耐えた。それは辛く苦しく、せめて自己満足だけが頼りだった。それゆえ、今や理不尽なものは、喜んで、大いに断れるのである。
 さて、ビル管側にいる今の私から見ると、映画界も変わった世界に見える。ある時期から「映画もどき」や「安かろう悪かろう。弱り目に祟り目。貧すれば鈍する」の跋扈する世界に見える。そこで付き合う連中も、類は友を呼び、どんどんと悪化し劣化していく。おそらく私もビル管を始めなければ、アウトだ。死んでいった、或いは失職中の友人たちのように、アルバイト探しやゴミ漁り的な仕事で地を這う思いをしていた。ヤバく怪しげなお誘いも相当数あっただろう。
 さて、あるプロデューサー(以下P)から依頼が来た。(私の理解能力はさておいて)電話では内容がさっぱり分からず、メールにしてもらう。だが、これも意味不明だった。
 映画界は性暴力をはぐくむ土壌もそうだが、仕事の依頼の仕方からして、話にならないのではないか。まずメールで「出演料はご相談させてください」とある。そんな依頼は未だかつてない。
 電話では延々と自分の仕事話を聞かされ、出演料の話はなし。また、電話での話とメール内容の日にちが違う。〈正確な日付をお知らせ願います。出演料ご相談させてくださいとありますが、金額明示もお願いいたします。〉と一回目のメールをする。それでもなしのつぶてなので、二回目のメール。
 〈たとえば原稿依頼の場合、1=依頼内容(テーマ)、2=掲載媒体と発売予定日、3=締切日、4=字数、5=原稿料が最低明記されています。私は、はっきりしない依頼は受けません。〉今度は「ゲスト料は、ご提案しますので、少しお待ち下さい。引き続き、よろしくお願いいたします。」との返信があった。何がヨロシクなのか。
 金額の多寡などどうでも良い。明示しないでの依頼がそもそもおかしい。未だに映画界は、時代錯誤のこの類いなのか。
 妻も、「断った方がいいと思う。その人常識無いし適当っぽいし信用出来ない」。私の書いた本の話も会話中に出ていないので、読まずに依頼してきているのだろう。Pのその日のブログを読むと、最後の部分が以下の通りだ(それ以前の部分は読むに値しない)。
 〈今日の幸せ出来事3選・打ち合わせで入った喫茶店の珈琲がめちゃくちゃ美味しかった。・めちゃくちゃ面白い演劇を見れた!・先輩プロデューサーにご馳走になった〉
 〈めちゃくちゃ〉が好きらしい。こんな下らないことを書く暇があったら、私への返信を先にしてほしい。作品を尊敬してイベントを「やろう」という感じではない。四八歳とブログにはあるが、こういった文章を書く人間と付き合うのは、もう勘弁だ。私は(ライスワーク的な)ビル管があり、表現者としては今まで以上に己を賭けてライフワークに徹する。
 仕事のない似た者同士が、いかにお客からお金を頂こうかみたいなワークショップとかイベントで食おうとしている典型に見える。もうこういう悪貨が良貨を駆逐するような依頼内容に手を貸したり嵌まったりするのは嫌だ。お呼びでない人たちの、小遣い稼ぎに引き込まれる感じだ。Pは仕事のイロハも分かっていないのではないか。映画界では有名な奥山和由の名を「奥村さん」と間違え、著名なある監督と私とは「喧嘩している」と言っているのに、「ご紹介いただけますか?」と。火に油を注ぐようなものである。
 対談相手となる監督に、メールする。〈何が目的の電話なのかすら、こちらが三〇分後に問い直すまでさっぱり分かりませんでした。時間の無駄であり、不愉快にもなるので、Pとは文書でのやり取りにしていただきたいです。これまでも映画のトークショーは、はっきりしない依頼は断っています。相手を説得するだけの「字」も書けないのかと、思いました。〉
 そのPは、作品に対しても、私という人間に対しても尊重する気持ちがないのだ。歯車の一つとして、サラリーマンをしていると、たまに世の中から必要とされていることを、サラリーマンではない仕事で実感したい気持ちに襲われる。ところが、実際には、それ以下の扱いではないか。悪い流れに嵌まっていく。負けの連鎖。ダメな人たちと群れて、世の中の不満を語り合い、傷を舐め合い、満足する。かつてさんざんやってきたその行為は、もう嫌なのだ。
 映画界が、性暴力の巣窟であるかのような知られ方をしてきながら、隠蔽されてきた業界なら、ビルメンテナンス業界は、SNS上で「パワハラの蔓延する」昭和爺イの巣窟である。そのことは最も有名であったのに、誰も取り上げてこなかった。隠蔽以前に、相手にされてもいなかった。ただ笑われていた世界であったからだ。だが、ここに来て、明らかに就活状況は変わってきている。我がT工業のような、不良分子の集まる吹き溜まりの中小企業にさえ、連続して電検2種の取得者が入社してきている。彼らに状況を聞くと、やはり厳しいという。大手も、資格だけでは入れてもらえない。
 映画界の暴力構造に特権意識が作用しているとしたら、ビルメン業界の異常なパワハラの方には、逆に「世の中から無視された」知られざる地下世界だという年齢構造の高さも含めての断念感、棄権志向もあったのではないか。声を上げなかった点では同じである。
 映画界が、大きな賞賛とプレゼントの裏にある「餌」「取引」として働く歪な体質なら、ビルメン業界は、老後の小さなプレゼントとしての地下の職場で、世間に知られることのない「安心感」の裏にある「我慢」である。サラリーマンが美徳とされてきた一部の風習の、最終パワハラ実験現場と化している。
 たまに来た映画業界からの仕事。「ギャラについてはご相談させてください」との一文。
 「事前に確認させずに済し崩しに進める方法」は、もう止めた方が良い。(建築物管理)







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