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評者◆志村有弘
佳作揃いの「思い草」創刊号――同人雑誌の出発とその歴史を綴る高橋直之の秀作「文学老人たちの狂宴」(「残党」終刊号)。
No.3563 ・ 2022年10月22日




■このたび創刊された「思い草」は、自分の体験を踏まえたかと思われる、佳作揃いの掌篇が掲載されている。河田兵蔵の「母の笑顔」は、多くの人に読ませたい作品。母は野菜や果物を載せたリヤカーを引いて、子どものシャツなどに換えていた。自慢の料理は手打ちソバ。『古事記』の一節を記憶しており、五十歳を過ぎて地元の短歌会に入って同人誌に歌を掲載していた。嫁にも優しかった。その母の他界後、書き残していた半生記等を整理・製本して母の写真を入れ、親戚や近所の人に配ったという「私」の姿も見事。「振り向けばわが人生に悔いはなし頑張る子らに感謝するのみ」という母の歌に因んで、文集のタイトルを『我が人生に悔いなし』としたというのも感動的だ。頑張った母、母に優しい思いを抱き続けた嫁・子・孫たち。佳作である。同誌掲載の寺本五郎の「いのち七題」も、作者の心優しさが伝わってくる。飼育していた鶏が食用とされたとき、食べることができなかった話、つかまえた雀を母は丸焼きにしたけれど、結局、食べることができなかった話など、〈生あるもの〉への慈しみが作者・作品の根底。
 歴史・時代小説では、大倉克己の「星の巡り合い」(じゅん文学第一〇九号)が達者な文章で綴られた力作。尾張の国尾関村の多助は「三反三畝」を所持する「小百姓」であるが、他に、村の「大百姓」の甚兵衛から五年年季で質入れして畑八畝を小作人として耕作している。甚兵衛は機織り機を貸し付けて賃織りさせる出機稼業もしている。甚兵衛は自分の奉公人のより(女主人公)を手籠めにした。多助とよりは互いに心惹かれるようになり、夫婦となった。やがて、多助たちの言動から、甚兵衛は自分が女房や女たちを尊重していなかったことに気づき、多助やよりに謝罪する。〈強者〉と〈弱者〉という対峙も考えさせられる。随所に示される「触書」も作品を盛り上げている。
 「残党」が50号で終刊となった。表紙の絵は赤提灯であろうか、「残党」と書かれた文字の下に「閉店」と記されている。「残党」には川高保秀・桜井克明・矢野建二など優れた書き手が多く、何度か本紙で触れることがあった。本号掲載高橋直之の「文学老人たちの狂宴 私記・『残党』の25年」には「何となく生まれ」・「どこかで純文学と交わっていたい、そうした存在でありたいという一念が、この冊子を生み育ててきた」と記されている。学生時代のサークルのリーダー篠崎圭介に対する畏敬・思慕の念が随所に示される。高橋の回想は「未熟な1冊を、泉下の篠崎圭介に捧げたい」という文で終わる。読んで、なぜか涙が流れた。彼等は文学世界にひたすら純粋に生き続けていたのだ。横川英一編「『残党』総目次」も貴重。昔、「図書新聞」で同人誌時評を担当した保昌正夫が、郷里の松山に帰って俳誌「糸瓜」を主宰し、四国俳句協会の会長を務めている篠崎のことを「松山で俳句の仕事をすることは大変なことだ」と激賞していたことも懐かしく思い出す。
 「那須の緒」第17号が、泉漾太郎(野口雨情に師事)の特集を組み、田代芳寛(漾太郎の息子)が詩人漾太郎のこと、大掛史子が自分の思い出を軸として父・古川眞治(作家)と漾太郎の交流、戸井みちおが詩誌「那須の緒」の存在意義を記しており、文壇側面史の一つとしても貴重。
 「ずいひつ遍路宿」(今回は第二三四号)は、それぞれの書き手が今・現在のこと、思い出話など、いわば身辺雑記に近い随想を執筆しているのであるが、いつも〈心のふるさと〉を想起するような内容が掲載されており、安らぎを覚える。文学の原点とはこうしたものではないか、と思ったりする。
 詩では、麻田春太の「静かなる男逝く」(九州文學第五七九号)が心に残った。同級生の「その男」は相撲を取るといつも受けて立ち、「私」は何度挑戦しても負けたけれど、「その男」は湯船からあがり、寝床で横になって「そのまま逝った」といい、「生きている時も静かだったが/死も静かだった/その男の胸は/私に吸い取られたように/空洞だった」と綴る。静謐で、素直な表現が、詩人の悲しさを強く訴えてくる。
 短歌では、石川幸雄の「晴詠」第五巻第十二号掲載「唱歌とはなにゆえ侘し郷愁に駆らるるような昔あらずも」・「友軍はいらぬひとりで勝てるさと息巻く莫迦の友はうたなり」という作品。石川の歌は虚無、時には自虐的な色彩を示すこともあるけれど、なぜか心に重く残る。
 「遠近」第80号が森本哲(粟島哲夫)、「逍遥通信」第7号が外岡秀俊、「吉村昭研究」第59号が早乙女勝元・田沼武能の追悼号(含訃報)。ご冥福をお祈りしたい。(文中、敬称略) 
(相模女子大学名誉教授)







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