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評者◆稲賀繁美
五感では不可触な領域との接触を、いかに物質のうちに定位するか? 木俣元一・佐々木重洋・水野千依編『聖性の物質性――人類学と美術史の交わるところ』(三元社)を、Alfred Gell,Art and Agency, An Anthropological Theory(Oxford University Press, 1998)ほかと交差させて読む
No.3567 ・ 2022年11月19日




■Art and Agencyは、1997年に51歳で死去した文化人類学者、アルフレッド・ジェルの遺著。すでに刊行から四半世紀を経るなかで、文化人類学では必携とされながら、本邦の美術史業界では、なお一部の論者に言及されるに留まってきた。ところが、木俣元一・佐々木重洋・水野千依編『聖性の物質性――人類学と美術史の交わるところ』(三元社、2022)では、編者による基調論文が、同時代の学術史の展開のうちにジェルを的確に位置づけ、複数の論者が本書に論及している。同書も指南する通り、ハンス・ベルティンク『イメージ人類学』(仲間裕子訳、平凡社、2014)、カルロ・セヴェーリ『キマイラの原理――記憶の人類学』(水野千依訳、白水社、2017)など、最良の訳者を得て日本語でも刊行された、ここ20年の画期的な学術的成果は、造形の人類学的考察のために、本書と併読することが不可欠だろう。
 Philippe Descola, Les Formes du visible, Seuil, 2022も、こうした潮流に直に棹さした大著。ジェルの遺著にmaitre livre(p.24)と最大級の讃辞を厭わないデスコラは『生きていること』(柴田崇他訳、左右社、2021)のティム・インゴルドとも対談している。本稿筆者はインゴルドとその論敵、ブリュノ・ラトゥールとの「蟻か蜘蛛か」論争に外野から嘴を挟む傍ら、ドイツ語圏でのBildwissenschaftの旗手、ホルスト・ブレデカンプフらの動向についても、それらの論考を含む編著『イメージ学の現在――
ヴァールブルクから神経系イメージ学へ』(坂本泰宏・田中純・竹峰義和編、東京大学出版会、2019)に参与した。単著『接触造形論』(名古屋大学出版会、2016)、編著『映しと移ろい――文化伝播の器と蝕変の実相』(花鳥社、2019)などを通じて、これら欧米圏での「聖性」や「物質性」を巡る議論からは或る批判的距離を保ちつつ、そこに通底する認識論的問題を、極東の知的風土から逆照射しようと試みてきた。
 それらを踏まえ、このジェルの遺作の意義を、現時点から、改めて問い直そう。端的に言って、本書は今日なお、というか電子環境が急速に亢進し、脳科学が未曾有の展開を見せている今日においてこそ、邦訳されるに値する。全体としての首尾一貫した構築的論理展開、既存の支配的価値観の視野狭窄への鋭利な反論、記号学や構造主義を超克する理論的提言の拓く地平の斬新さ、ウィットに富んだ自己反省の屈折ある行文、などの長所はいわずもがな。そのうえで、①主に文化人類学が「研究対象」と見なしてきた「未開」や「非西欧」圏の造形の営みに照らして、欧米近代の「藝術」概念を解体し、②と同時に「人類学的資料」と「藝術作品」との区分を打破し、それらを自然との交渉が織り上げた文化生産物の社会的生成・流通・消費のagenciesの動的な網目に据え、③巻末ではマルセル・デュシャンの創作行脚を、偶然性を取り込む彼の「四次元の三次元透視」の策略もろとも、マオリの「集会場」建築の歴史的集積過程へと巧みに重層させ、「個人の心」の彼方に、「集合的意識」の「持続」を重奏させて提示する。周到なる妙技であり、本書を歴史に残る名著と認めるに吝かでない。
 ここで『聖性の物質性』に視点を移す。佐々木重洋氏の巻頭総論は、デスコラが上記の新著でも改めて提唱するnaturalisme, animisme, totemisme, analogismeの区別について、「類型の当てはめ論に終始」していると、真っ当な手厳しい批判を辞さない(p.51)。同氏による巻末論文には、ジェルも提唱したagency概念が、なお能動性と受動性の区別に囚われ、権力発生の「場」に働く「中動態的機制」の抑圧に気づいていない限界も、的確に指摘される(p.656:note10)。水野千依氏の「分配される人格/結晶する人格」も、前述のセヴェーリの議論を援用しつつ、受動・能動に拘るジェルの桎梏を回避し、呪物が儀礼のうちに聖性を発揮する「秘蹟」に迫る。秘蹟は関係性の「結晶」として不意に「析出」するが、そこに結節点point nodalを認知できるのは、得てして「事」が成就した事後の「あと知恵」、そこに主体たるagentsを措定するのは、「先回り」の「投企」、論点先取の「先行投資」(Gell, p.256)。――他の論考に触れる余地がなく遺憾だが、本論集に蝟集生成中の「蜘蛛」の網目webの錯綜mecheには、学術の停滞や膠着を破る「秘蹟の開口部」が、そっと「触知」されようとしている。







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