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評者◆秋竜山
親子でつくる川柳、の巻
No.3567 ・ 2022年11月19日




■ある日のことです。父がとつぜんボクに「お前、川柳というものをしっているか」と、いいました。ボクは、「あたりまえだ、川柳は子供の頃からしっているさ」と、こたえました。すると、そばにいた母も、「私もしっているわよ」と、いいました。川柳というものは〈五・七・五〉でできているものだと父がいいますと、母も「私もそれくらい知っているわよ、あまりバカにしないでよ」と、いいました。たしかに川柳というものは〈五・七・五〉でできている江戸の文学だといって三人でかんしんした。そして三人で大笑いしました。
 神田忙人『江戸川柳を楽しむ』(朝日選書、本体一四〇〇円)では、
 〈いまわれわれが川柳と呼ぶものは江戸期には前句付、あるいは略して前句とも呼んでいたものであり、川柳という名称は明治の中期から後期にかけて確立したのである。浅草の名主、柄井八右衛門が川柳の号を用い、前句付けの点者(選者)として成功を収め、のち次第に前句から離れて一句立の句を中心にして時代の好尚に投じ、選句集「誹風柳多留」を刊行し、人気で他の点者たちを圧倒したため、彼の名がいつしかこれらの句を代表するような有り様になった。彼の選んだ前句付けは「川柳点の前句付け」と呼ばれ、略して川柳点ともいわれたが、他の点者の選句も川柳点と呼ばれることも多かったようだ。川柳は柄井川柳を始祖とするものでなく、多くの点者の作りあげたものであり、さらに無類の作者、投句者が生み出したものである。前句付けも一句立の工夫も上方に発して江戸に移り、江戸市民の簡明、軽快を喜ぶ気風に合って盛んになったのであった。だが後に川柳と呼ばれたことが示すとおり、初代川柳の功績が大きいことは言うまでもない。〉(本文より)
 ――サァ、困ったぞ、ボクには、川柳をつくるなんて才能はない、どこうしたものかと考えていたら、父と母が、オレたちがつくってあげるという。まかせたら、ボクより下手くそだった。
 まいった、まいった。







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