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評者◆殿島三紀
魔女のお供だった猫を愛すべき存在に変えた画家の物語――監督 ウィル・シャープ『生涯愛した妻とネコ』
No.3569 ・ 2022年12月03日




■『ソウル・オブ・ワイン』『アフター・ヤン』『アメリカから来た少女』などを観た。
 『ソウル・オブ・ワイン』。マリー・アンジュ・ゴルバネフスキー監督。仏・ブルゴーニュの大地に葡萄が育ち、ワインになるまでを描いたドキュメンタリー映画。本作には豊富な語彙でワインを語るソムリエ、あのロマネ・コンティの生産者、醸造学者、樽職人たちが登場する。葡萄畑やワインに捧げる詩的な言葉に圧倒されつつ、ロマネ・コンティが高価な理由に納得。映画の章立てでもある美しいブルゴーニュの四季は風景画そのものだ。
 『アフター・ヤン』。今から数十年後の近未来を舞台にしたSF映画。監督は小津安二郎の信奉者として知られる韓国系アメリカ人のコゴナダ。その奇妙な名は小津と共に多くの作品を生み出した脚本家の野田高梧(のだこうご)から取っているほどの日本通だ。本作の主人公ヤンは人間と変わりない外見を持ち、高度にプログラミングされたAIによって知的な会話もこなせる人型ロボット。ヤンの記憶回路の中に残された記憶をめぐる物語だが、いまだかつてこれほど心優しいSF映画を観たことがない。
 『アメリカから来た少女』。台湾映画である。ロアン・フォンイー監督。自身の体験を投影した本作で長編映画デビューを飾った。SARSが猛威を振るった2003年の台湾を舞台にアメリカ滞在から故郷台北に帰ってきた思春期まっただなかの13歳の少女と家族の物語を描いた作品。アメリカで暮らし始めて5年目の2003年に母が乳ガンになり帰国。母を失うかもしれないことへの不安とアメリカと台湾の学校の違いへのとまどい。少女の幼い懊悩を薄暮のような空気感の中に描き出した本作はデビュー作とは思えない佳作だ。
 さて、今回紹介する新作映画は『生涯愛した妻とネコ』である。ウィル・シャープ監督作品。原題は“The Electrical Life of Louis Wain“。直訳すれば“ルイス・ウェインの電気的生活”!?        この困った題名の本作は猫をモチーフにしたイラストで人気を集めた英国の画家ルイス・ウェインの生涯を描いた伝記映画である。1860年、英国上流階級の長男として生まれたルイス・ウェインは、父の死後、5人の妹と母を養うためイラストレーターとして働く。妹たちは皆未婚のまま共に生活。彼が13歳の時、妹の一人が精神科に入院。晩年には彼自身も統合失調症を発病し、1939年死去。
 英国人の猫観を変え、一世を風靡したが、晩年は精神病院で過ごしたルイス。夏目漱石がロンドン留学中(1901年~02年)は人気絶頂で本や雑誌、絵葉書には彼の描いた猫たちが溢れかえっていたから、漱石先生も目にしていたはずだ。「吾輩は猫である」にも彼の絵葉書が登場している。とはいえ、なぜ猫か。
 絵は巧いが、生きることに少し不器用なルイスは妹たちの家庭教師と恋に落ちる。しかし10歳年上の家庭教師との恋愛に周囲は身分違いと大反対。そんな反対を押し切って結婚した二人は幸せな日々を送るが、間もなく妻は末期ガンを宣告される。ある日、庭に迷い込んだ子猫にピーターと名付け、彼は病妻を喜ばせるため猫の絵を描き始めた……。
 そう。この妻と猫をルイスは生涯愛し続けたのだ。絵はバカ売れし、大成功を手にしたが、ビジネスセンスに欠ける彼の手元にお金は残らなかった。精神的にも不安定となり奇行が目立つようになっていくルイス。原題にある電気的生活というのはその時よく口走っていた言葉によるものか。邦題から想像させる内容とはあまりにかけ離れたルイスの人生だが、それゆえに聡明な妻や愛らしい猫ピーターとの日々が哀しいまでに際立つ。ルイスよりも猫を主人公にしたいほど可愛くて賢いピーター。世に犬を主人公にした映画は多い。猫は犬ほど演技派ではないが、映画の要所要所で示す存在感は犬をしのぐかもしれない。
(フリーライター)







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